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2024年度 名古屋音楽大学 卒業証書・学位記授与式
清水皇樹 学長式辞(全文)

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学部生の皆さん、卒業おめでとうございます。

大学院生の皆さん、修了おめでとうございます。
また、御列席の保護者の皆様、心よりお慶び申し上げます。

このように卒業式を迎えて、この場にいる皆さんを「祝福」出来ることは私達教員、またここまで皆さんを育て、支えてくださった保護者の皆さんにとっても大きな喜びであります。

この卒業式は、単なる終わりの儀式ではなく、新たな始まり、開始を意味しています。
「新たな人生の開始」を祝福するのがこの卒業式です。

4年間、あるいは6年間、この名古屋音楽大学で音楽を専門的に学んできていかがでしたか?

この先、更に音楽の道を極めようとする人、音楽関係の仕事に就く人、または一般企業に就く人等、本当に様々な道に皆さんそれぞれがスタートすることになります。

建学の精神である「同朋和敬」、またその理念である「共なるいのちを生きる」という言葉は在学中、何度も耳にし、その精神をもとに本学で学んできたことと思いますが、まさに音楽という学びは「共なるいのちを生きる」にふさわしいものであったと思いませんか。
音楽において、お互いの音楽観の違いを認め、敬い、尊重し合える仲間との出会いがあり、その仲間との切磋琢磨した成果がいろんな演奏会であったり、論文発表の場であったり、または試験であったり、目に見える形でその理念をいきいきと表現できるのが、この音大の魅力でもあると私は思っています。

つい先日の、卒業試験、卒業演奏会、大学院修了演奏会は大変素晴らしく、感動しました。手が痛くなるくらい拍手しました。
私は、一年生で入学してきた時の皆さんを知っているから尚更です。
その皆さんの成長ぶりに本当に驚きました。
多分、先生方も同じ気持ちだったと推測します。

こんなに個性的で自己表現がしっかりと確立した演奏や発表は、他の音大にはないだろうと自負しています。
そして、緊張の中にも皆さんがのびのびと音楽を通して人生を楽しんでいるのが何より素晴らしいと感じました。

皆さんがこの「新たな人生の開始、スタート」にあたり、私の体験談を少しご紹介したいと思います。
私の場合、大学を卒業後、一つの「挫折」が「新たな人生の本格的な開始」となりました。
成功ではなく、挫折です。
私は1994年からロシアのエリツィン大統領の時代にモスクワに留学していました。
憧れのモスクワ音楽院の留学が叶い、私の憧れであったレフ・ナウモフ教授に習えるということで有頂天になっておりました。
ところが、私を待っていたのは厳しい現実でした。
ピアノ専攻の皆さんには何度もお話ししましたが、そのモスクワ留学で分かったのは、「たった二つの音もレガートに歌えない」という現実でした。
そして先生からは「君は26年間も日本で何を勉強してきたのか」という厳しいことを言われました。当時のナウモフ先生の教室には私よりも十歳近くも若く、その後のショパンコンクールや、チャイコフスキーコンクールで入賞している学生がわんさか溢れていました。
私は希望に満ちて、せっかくこのクラスに入れたのにと、鼻がへし折られる気持ちでした。

そこで私を救ってくれたのが、当時教授のアシスタントであった、アンナ・マリコヴァ先生でした。
私に、どの教材を使って基礎の練習をしたら良いか、を優しく教えてくださり、私を励ましてくれました。そのおかげで私は少しづつ立ち直り、また私が演奏家ではなく、新たに教育者になることの素晴らしさ、可能性を見つけることができました。
私はこの大きな「挫折」がなければ、今このように教育者として生きがいを持ってこの場に立っていることはなかったのです。
奇しくもアンナ・マリコヴァはその後、ミュンヘン国際コンクールで優勝し、それを機に、ヨーロッパへ活動拠点を移し、ウィーン国立音楽大学の教授となりました。
皆さんもご存知の通り、名音大は昨年、このウィーン国立音楽大学と海外学術交流の提携を結びました。
その国際交流の一環として、今年の9月30日、オーケストラとソリストの夕べでアンナ・マリコヴァを迎え、彼女のお得意であるショパンのピアノ協奏曲第1番を名音大のオーケストラと共演することが決まっています。
私はこの縁に大きな驚きと感謝を感じていますし、本学の学生もその教えを享受することが出来るようになったことは本当に嬉しく思っています。

皆さん、この先、成功の喜びと同時に、きっと挫折感も味わうことがあるでしょう。
私が皆さんに伝えたいのは、その挫折も皆さんの人生が大きく花開くきっかけになるかもしれない、ということです。

これからの皆さんの人生が、どう花開いていくかを楽しみにしたいと思います。
そして、これからの名古屋音楽大学も愛し、そして応援をよろしくお願いいたします。

皆さん、また元気に会いしましょう。
卒業、修了、本当におめでとうございました。

 

令和7年3月6日

名古屋音楽大学学長 清水皇樹